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Mac ON! 1998 May
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Mac ON! GALLERY
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岡山県 藤井健喜
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Weekend Hero 2 for R'S GALLERY
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WH214
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1998-03-27
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28KB
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487 lines
第一四話
ウイークエンド・ヒーローズ不完全攻略ガイド
Introductry Remarks
田辺奈美と吉野冴子の二人は高校生、そして麻生ちづるは中学生である。
あるとき、田辺浩一の開発した『ヒーロー変身薬』を飲んでしまったこの三人は、ビキニスタイルの恥ずかしい格好のヒーローとなって、世界征服を企む悪の秘密組織『ダークブリザード』と戦うことになる。
人は彼女たちのことを『ウイークエンド・ヒーローズ』と呼ぶ。
果たして今回、彼女たちを待ち受けているものは一体何なのか…?
1
火曜日。
ダークブリザード本部。
最近はあまりブリザードから期待されていないドクターダイモンである。
彼は小さな声でつぶやく。「最近マンネリだなあ」
自分でいってどうするんだ?
とはいえ、このままマンネリが進行すれば毒者、いや読者が飽きてきて、やがては誰も読まなくなり、しまいにこの話は志半ばで中断してしまう危険性がある。それだけは阻止せねばならない。
しかし、これしかやることがないこの科学者にとって、現況を打開するというのは無理難題である。
結局ダイモンは、性懲りもなくダークフィアー製造機のスウィッチを入れた。
軽い振動音が辺りにとどろいた。
製造機のドアが開いた。
「これはこれはダイモン様」
新しく現れたダークフィアーは頭を下げる。電子音が響く。
テロップ『(ダークフィアー)エンターテインメント・キング』。
それは、ビデオゲームのアップライト型筐体に手足が生えている姿をした怪人であった。ゲームセンターとかに置いてあるあれだ。
巨大なディスプレイの上には『アストロヴィレッジ』の文字。その両端にはスピーカーが見える。ディスプレイの下には、スティックと、複数のボタンがある。この中央には『セレクト』と表記のあるボタンがあった。
「また妙なやつが出てきたな—」ぼやくダイモン。だがいつものことではないか。
「何か?」
「いや、何でもない…」ごまかすダイモン。「とにかく、にっくきウイークエンド・ヒーローズの弱点を探り出すのだ!」
「ははーっ!」
エンターテインメント・キングはひれ伏す。このとき伏せすぎて頭を地面に打ちつけてしまった。鈍い音がした。
間抜けな奴である。
2
東児島市内に、ひとりのゲームプログラマがいた。寺本昭文(てらもと・あきふみ)という名の、二八歳の男だった。背が高く眼鏡をかけている。浩一とよく似た雰囲気だった。
彼はハイパーガールたちの登場する3Dタイプの対戦型格闘ゲームをつくり上げた。
昭文自身、このゲームがとても上手だった。
このゲームは大阪の業者の目に留まり、業務用のゲームとして販売されることとなった。かくして、ゲームは広まっていった。
彼のゲームは各地のゲームセンターに入っていた。
それで遊びながら、彼はニヤニヤしていた。
〈こうして広まれば—〉
確かに、彼にとってはよいことである。
儲かるのだから—
3
翌週。
放課後、奈美たちはゲームセンターに立ち寄った。プリント倶楽部を取るためである。
その店で、ハイパーガールたちをモデルに使った対戦型格闘ゲームが登場していた。小学生に人気があるようで、その世代の子どもが台の近くに集まっていた。
「奈美」冴子が奈美の肩を軽く叩いた。「みてみて。ウイークエンド・ヒーローズの格闘ゲームがあるわ」
「え!」
奈美は振り向く。後ろの台のそばには「Fighting Of Weekend Heroes」の文字が見える。「対戦台」と書かれた張り紙が出ていた。
早い話が対戦型の格闘ゲームである。かつて、「はど〜けん!」とか「しょーりゅーけん!」とか叫ぶゲームでブームになったジャンルである。
話を戻すと、このゲームはウイークエンド・ヒーローズの三人、ダークブリザード・ヒーローズの三人、及びこのゲームではミュータントと呼称されているダークフィアー三体、計六人と三体の中より自分の操作するキャラクターを選んで戦う。そして他のキャラクターを倒し勝ち進んで行くというものである。
自分以外の九人を破る(同一キャラクターとの対戦があるのだ)と、最終ボス格のキャラクターと対戦することになっている。これがまたべらぼうに強かったりする。
冴子は奈美の手を引っ張って、「ねえ、やってみない?」
「え?」
「技表も貼ってあるわよ」冴子は結構ウキウキしている。実は血の気の多い性格なのかも知れない。
「私、こういうの駄目なの」渋る奈美。
「ものは試しよ」
「やっぱり…やめとくわ」
「私、やってみようっと」
冴子は椅子に座る。コインを投入。キャラクター選択画面で、冴子は迷わずエクセレントガールを選ぼうとする。
「水着の色が違うのね」奈美がいった。
「あ、ほんとだ」冴子もいう。
このヒーローはピンクの色をしたビキニを着ていた。冴子は見ていて少し恥ずかしかった。おそらく相手側が通常の色のキャラクターなのだろう。
「色違いでも能力は一緒よね」
あきらめて冴子はボタンを押した。
と、アニメっぽく描かれたビキニの少女が「OK!」と叫ぶ。短い髪を前から掻き上げながら。
「え〜っ、私、こんなんじゃないわ!」画面を見ながらぼやく冴子。「声もちが〜う」
「仕方ないじゃない」冴子の横で眺めている奈美。「ゲームなんだから」
「私って、こんな気取った女じゃないのに〜!」
奈美は言葉を失いかけた。「…そんなことまで知らないわ」
「でも、かわいいから許す」
「…」
ゲームが始まった。
ゲーム自体は、3Dのフィールドで、ポリゴンで作られた人物が戦うというものだった。表面はレイ・トレーシングされており、きれいだった。
初めてのプレイだったが、冴子は案外強くて、相手の小学生の男の子を負かしていた。彼はコンプリートガールを使っていた。ちなみに決まり技はキックだった。
〈ごめんね〜。ちづるちゃーん!〉冴子は心の中で叫んでいた。
隣では奈美が、「あー、痛そう…!」とかいっていた。打撃音がやけにリアルなのでよけいにそう感じる。
そこにひとりの挑戦者が現れた。昭文だった。
にわかに周囲が殺気だった。噂によると、彼はこの近辺でも名うてのゲーマーだということだった。つまりゲームがうまいのだ。まあ、このゲームの作者が彼なのだから多少は有利だということもあるのだろうが。そんなことを知ってる奴なんておそらくここにはいなかった。
昭文もエクセレントガールを選んできた。相手のエクセレントガールは、ワインレッドのビキニを着ていた。
〈あんなのに負けられないわ…!〉
冴子は闘志をむき出しにする。
それにしても、よく研究されているゲームだなと彼女は思う。
顔こそ多少違うといえ、自分自身であるエクセレントガールのしぐさや癖まで再現されているからだ。いったいどこの誰がこんなものを作ったというのだろう?
おそらくは相当のマニアが製作に関わっているに違いない。そう思うと多少不安になる冴子だった。
この国にあふれる商品が、すべてマニアに向けられたもので固められてしまったら、それはそれで経済なんて成り立たないだろう。
ゲームが始まった。
第一ラウンド開始から、昭文のキャラクターの動きは明らかにほかのプレイヤーのそれとは異なっていた。
〈え…!〉
冴子はあっさりと昭文に負けてしまった。2ポイント制で連取されてしまった。
〈自分に負けるなんて…!〉
悔しいので、冴子は横にいた奈美にこういう。
「奈美、今度はあなたがやってみん?」
「えーっ、無理よ!」
「大丈夫よ、じゃ、一〇〇円入れるわね」投入口にコインを入れる。「気にしないで。これ、私のおごり」
「あ…!」
「さあ、座って」
奈美は冴子と席を交代した。
こうして、冴子にそそのかされて、今度は奈美がゲームに乱入した。
「当然この子でしょ」ハイパーガールを指差して冴子がいう。
「うーん…」仕方ないので奈美は彼女を選択する。選ぶと手を挙げて「がんばりまーす!」という声がした。ビキニの色は白と青とのストライプだった。
画面が切り換わった。
「奈美、いいこと。『ハイパーキック』はレバーを前に入れて、同時にパンチとキックボタンを一緒に押すのよ」技表を見ながら冴子がいう。表には「→P+K」と記されてある。ただし1Pの場合、という注意書きもついている。奈美は2Pだから、レバーを入れる方向が反対になる。
「わかった」とりあえずうなずく奈美。
「それと『ハイパーハリケーン』は、レバーで後ろから下方に弧を描きながら、ボタン三つ同時押しだからね!」
「わ、わかった…」
そんなややこしいコマンドなど入れている暇がないと思った彼女は聞き流していた。
「あの髪の短いお姉ちゃん、ムキになってるね」
「負けて悔しいんでしょ、きっと」
周囲で見ていた小中学生たちのほうが冷静だった。
奈美は適当にボタンを押し、スティックを動かしていた。それがあらゆる技を偶発的に出させていた。
冴子は唖然とした。
1ラウンドは、引き分けであった。両者に1ポイントずつが入る。このゲームは2ポイント制である。だからあと1ポイントを先に取った方の勝ちとなる。
二回戦が始まった。奈美はわけのわからないうちにレバーをグリグリと回していた。
「ハイパーハリケーン!」
ゲームから声がした。筐体の周囲からはどよめきが起こった。ギャラリーがいたのだ。
画面上。エクセレントガールが吹き飛ばされていた。「RING OUT」の表記とともに。
このゲームで、初めて昭文は負けた。しかも、このゲームの制作者でもある彼が、である。
「あれ…」つぶやく奈美。「か、勝ったの、私?」
「やった! 勝ったわ!」うれしそうに奈美と抱き合う冴子だった。だけど、自分のキャラが負けたので、思いは複雑。
「おのれ、許さん…!」昭文の表情が一変した。
「…?」奈美はおや? と思う。やばそうな雰囲気だ。
昭文が正体を明かした。
辺りで悲鳴が上がった。
みると、ビデオゲームの筐体に手足のついた化け物が姿を現しているではないか!
冴子が叫んだ。「ダークフィアー!」よくわかったな。
昭文の正体はダークフィアー、エンターテインメント・キングだった。このゲームは、ダークフィアーがつくったのだ。
ドクターダイモンは、こうしてゲームを利用して、ハイパーガールたちを呼び寄せようと考えていたのだ。何としてでも彼女たちの弱点を知りたかった彼は、彼女たちを捕まえて解析してみたいという衝動に駆られていたのだ。
「何せ自分たちがネタにされているゲームだ。子どもたちの話題になれば、奴等だって気になってこのゲームのことを調べるだろう。そのときがチャンスだ!」それがダイモンの考えだった。
店内は混乱した。
逃げまどう人たち。悲鳴がこだまする。
あっという間に広めのセンター内はガラガラになった。従業員まで逃げてしまった。
怪物が怒鳴りあげた。「私の名はエンターテインメント・キングだ!」
いまいち威圧感に欠ける名前だった。
「何か、投げやりな名前ね」奈美がいう。
「えーい、うるさい!」怪物はかなり気にしているらしかった。「すべてはおまえらのせいだぞ! 許さん!」彼は怒っていた。
「ブラボー!」
一瞬にして奈美たちは黒ずくめの集団に取り囲まれていた。
「ダークウォリアーズ!」奈美は慌てた。
「ということは、これはダークブリザードの罠だったのね…」冴子が分析する。
「…今になって冷静にいわないでちょうだい」奈美は冴子を見た。
「さあ、観念するのだ!」息巻くエンターテインメント・キング。「この小生意気な高校生め!」
奈美たちは二人背中合わせに身を寄せて、敵と対峙している。
「ど、どうしよう…!」動揺する奈美である。
その奈美に冴子が耳打ちする。「奈美、私がブラボー隊をくい止めるから、そのあいだに逃げるのよ!」
「そ、そんなことできないよ…!」
「そのあと変身して助けにきてほしいの」
「…わかったわ」
「じゃあ、お願い」
冴子は身構えた。
ブラボー隊が間合いを狭めようと動く。
その刹那、こんな声がした。女の子の声だった。
「Wait !」
「えっ?」奈美は振り向いた。
「誰?」冴子がいう。
「何者!」怪人が怒鳴り散らす。
「Someone call me under the sky of Higashi-Kojima City, today too.」
奈美は目が点になってしまった。何といっているのかわからないのだ。
「日本語で喋れ、日本語で!」怪人は怒っていた。
「じゃあ、日本語で喋ります」と声。
「ならよろしい」納得する怪人。
「今日も誰かが呼んでいる、東児島の空のした」
「あれ、文章が逆よ」奈美がいう。「『東児島の空のした、今日も誰かが呼んでいる』が正解よ」何だ、味方だったのかと、ちょっと安心。
「あれ、そうだったんですか?」声がいう。「ごめんなさい。まだ慣れてないみたいです」
「どうでもいいから、早く先を進めろ」エンターテインメント・キングはイライラしていた。戦闘員の連中は雑談を始めていた。
冴子が奈美に再度耳打ちする。「ねえ、今のうちに、逃げ出そうか?」
「そうね」
二人はおもむろにその場を逃れた。
声は続いていた。
「東児島の空のした、今日も誰かが呼んでいる。悪い奴等を懲らしめる、正義の味方の女の子—」
今度は別の方角から女の子の声が聞こえてきた。
「人呼んで、ウイークエンド・ヒーローズ!」
「只今見参!」
二人の女の子が現れた。怪人たちは慌てふためいた。青と赤のビキニを着た女の子だった。
あとから黄色いビキニを着用した女性が姿を見せた。コンプリートガールだ。「先輩!」うれしそうだった。
ブラボー隊戦闘員が襲いかかってきた。「ブラボー!」
リングが飛び、リボンが舞った。
「ブラボー!」戦闘員の面々は倒れていった。消滅してゆく。
あいも変わらず弱い連中だった。
奈美たちは集合していた。そして怪物との間をつめていった。彼女たちは敵との間隔が六メートル弱となったところで対峙した。
敵はただひとり。エンターテインメント・キングだ。
奈美がいった。「さあ、観念しなさい」りりしい姿だった。
「うぬぬ、こうなったら…!」エンターテインメント・キングは中央のボタンを押した。画面にゲームのグラフィックが表示された。シューティングゲームらしかった。イカが泳いでいる。
「どこがシューティングなのよ!」冴子がつっこむ。
敵キャラだ、敵キャラ。
「さあ、ゆくぞ!」怪人がいった。
「え?」奈美は何が起ころうとしているのか、今一つ理解に苦しんでいた。
そこで、出血大サービスだ。奈美と同様の悩みを持つ読者のために、少し説明しておこう。(「?」マークのキーを押してください。)
奈美は「?」キーを押した。画面が切り換わった。
エンターテインメント・キングのヘルプ—
彼は、画面で繰り広げられているゲームの味方や敵のキャラクターと似たような攻撃をハイパーガールたちに行うことが出来る。セレクトボタン一発で複数のゲームを切り替えるので、バラエティーに富んだ攻撃が可能。ゲームは4つある。以上。(リターンキーを押すと元の画面に戻ります。)
「へえ、そうなんだ」説明を読んだ奈美は感心していた。リターンキーを押した。すると元の画面に戻った。
「感心している場合じゃないわ!」冴子がいう。
「だ、だって〜!」
「それにどこにキーボードがあったのよ!」現実を無視した展開が冴子には耐えられなかったらしい。
この物語はフィクションである。
「もう…」冴子はいらついていた。
「来ます!」突如ちづるが叫んだ。
みると、怪人の筐体側面からミサイルランチャーがポップアップしていた。
「食らえ!」
スピーカーから発射音がとどろく。と同時にミサイルが飛んできた。
ミサイルは奈美に命中した。
「きゃあああ!」
「次はこいつだ!」ゲームを変える怪人。
画面が落ちものパズルになった。
彼は筐体下部から取り出したブロックを投げつけて攻撃した。そのブロックを、冴子はまともに受けてしまった。「うわああ!」
彼は笑った。「次は何かなぁ…!」
格闘アクションに切り換わった。これは表示されたキャラクターと同じ必殺技を仕掛けてくる。
「ダブルラリアット!」どういうわけかダークフィアーの腕が飛んできた。彼は動くのが面倒くさいようだ。
腕はコンプリートガールの首を直撃した。「いやああああ!」
「コンプリートガール!」冴子が叫んだ。
「いよいよとどめだ!」
「まずいわ!」冴子は焦った。自分を含め、三人ともかなりのダメージを受けていたからだ。
エンターテインメント・キングはボタンを押してゲームを変更した。
画面には女の子が現れた。何のゲームだろう。
「おや?」ダークフィアーは変に思った。技が出ないのだ。
代わりに、スピーカーからこんなアニメ声がした。「私を上手に育ててね!」
「な、なんじゃ、こりゃあ!」
どうやら選択するゲームを間違えたらしい。いわゆる育成シミュレーションという奴だった。結果、これといった攻撃技の出なくなったエンターテインメント・キングであった。「しまった。これではとどめが刺せないっ!」
「これって、『糠に釘』ってことよね?」立ち直った奈美がいう。
「全く意味が違うわ…」冴子が忠言した。この場合どちらかといえば、画竜点睛を欠く、といった方がよいのではないだろうか。
「とにかく、今のうちに…!」ちづるがいった。
「そうね」奈美がいう。
すると、その言葉より早くエクセレントガールが怪人を持ち上げて天井高く飛び上がった。
「え?」奈美は呆然とした。あまりに早い対応だったからだ。
冴子は怪人の頭部を自らの股間に挿むと、地上に落下した。
「エクセレントクラッシャー!」
「うわあああ!」
怪物は悲鳴とともに消滅した。
「へへっ、いっちょあがり!」満足そうな冴子。
「もぅ…」奈美は舌打ちする。「冴子ってば、いつもおいしいところばっかり持っていくんだから」
ともあれ、戦いは終わった。
「それにしても」2号がちづるに向かっていった。「なぜ、あなたがこんなところにいるの?」
「たまたまです」ちづるは笑って答える。相変わらず屈託のない笑顔だ。
「とても運がよかったってことね」ハイパーガールが口を挿む。
実は二人のあとをつけていたなんて、口が裂けてもいえないつづるであった。あわよくば二人とシールの図案に収まろうなんて、口が裂けても…
先輩たちを、一途に慕うちづるであった。
4
同じ頃。
深沢美紀は、ひとり静かに部屋でビデオを見ていた。私服姿だった。
場所はダークブリザードの本部。
ブラウン管にはひとりのビキニスタイルの女の子が映っている。ハイパーガールだった。以前父親が見せたものだった。
彼女は何度も同じ画面を繰り返し眺めていた。画面では、ビキニ少女が「ハイパーキイイイイイイイイイイイイイイイック!」などと叫びながら相手に向かって蹴りを入れている。
美紀はテープを止め、確信した目で独りごつ。
「間違いないわ」
「何が?」
急に声がしたので、美紀は振り向いた。
そこには由衣がいた。さらにその後ろには祐子の姿もあった。
「もう、びっくりするじゃないの」といいつつも安心した美紀。この二人で良かった。
「今までお姉さまをずっと探してたのよ。どこにも見当たらなくて—」と由衣。少し不服そう。「こんなところにいたなんて。しかもひとりで」
「ちょっと用事があったから」美紀がいう。「それに熱中してたら時間が経ったのよ」
「いったい何に熱中していたの? お姉さま」由衣が視線を送る。「もしかして、好きな男の写真を見ながらの自慰行為?」
「そんなことなんかしてないわよ」美紀の目がつり上がった。美人なだけに、怒ると凄みがあった。「どこにそんなみっともない女がいるのよ?」
「クシュン!」
ガラガラのゲームセンターでクシャミをするハイパーガールだった。音が室内に響きわたるところが情けない。彼女は鼻をこする。
「誰か噂をしてるのかな?」
「いつもながら、下品なジョークね」美紀はまだ怒っていた。場所はダークブリザード本部。そこの狭い部屋。だが、照明がついていて明るい。
「悪かったわ」謝る由衣。ここまで怒るとは思わなかった。「ごめんなさい、お姉さま」
「じゃあ、何をしていたの?」今度は祐子が訊いた。
「ハイパーガールのビデオテープを見ていたのよ」答える姉。
「以前お父さまが見せた、あれね」由衣がいった。
「そう」美紀はうなずく。
「私は見てないわ」と祐子。
「そりゃ、まだあなたがいないときだったから」美紀がいう。「あとで見るといいわ」
「はい」祐子はかぶりを振った。
「とってもみっともないヒーローが出てくるから」
「え?」
「それはともかく—」話を本筋に戻したい由衣であった。「ビデオのことだけど、そんなものを見て、どうしたっていうの?」
「ハイパーガールの正体をつかんだの」静かに美紀が語った。
「まさか!」驚く由衣。
「まさかじゃないわ」美紀には自信があるのか、余裕で答える。
「じゃあ、誰なのよ?」由衣が問う。
「それは—」美紀がいった。「田辺奈美よ」
冬の夜である。
5
翌日の放課後になった。
また放課後か、などと思いつつも、毎度そういう時間帯に設定してしまう作者であった。
奈美は孝夫と下校していた。
実は、これより前に、奈美は冴子から次のようにそそのかされていた。
「ねえ奈美。そろそろしちゃいなさいよ」場所は学校。
「しちゃう、って、何を?」
「とぼけちゃって、わかってるでしょ?」
「何よ?」
「孝夫とキスしちゃいなさいよ」
「えーっ!」真っ赤になる奈美。ここは教室。「そんな、急に、出来ないわ…」舌が回っていない。
「そうだ。今日は孝夫と帰ったら?」
「え…!」
「そのとき、キスするのよ。簡単だわ」
「そ、そんな…出来ないわ…!」
「じゃあ、私、孝夫にいってくるわ」と冴子。「今日、奈美が一緒に帰ろうって」
「えー!」慌てる奈美。
冴子は席を立った。
「ちょっと待—」奈美の声は届かなかった。「あーあ、行っちゃった…」
冴子にとっては身内だからなんてことはないのだろうが、奈美にとって彼はあこがれの人なのだ。どうしても緊張してしまうのである。
〈どうしよう…?〉
奈美は悩んだ。
よく晴れていた。
道端に設置されている市の掲示板に、ポスターが貼ってあった。『市長深沢公平、がんばります! —東児島市』という文字が見える。それと市長の笑顔。
奈美は道を歩いていた。その隣には彼女よりひとまわり—以上か—背の高い男子高校生がいる。孝夫だった。結局冴子のいいなりになっていたのだった。
奈美はどうもぎこちなかった。こうして二人で歩いている。別に悪い気はしない。だがなぜか罪悪感におそわれる。それに、緊張してしまう。
彼女は静かに孝夫の顔を見た。
〈田村君…〉
視線に気づいて孝夫が横を向く。
「どうした?」
「え?」不意に我に返る。「い、いや」奈美は赤くなってうつむく。「な、何でもない…」トーンは尻窄み。
二人はこのまま歩き続けていた。
やがて公園のそばの細い道に入った。誰もいなかった。
〈これは…〉
奈美は思う。
〈キ、キスするなら、今しか…!〉
奈美の心臓の鼓動が早まる。
しかし、
まさか、ここでいきなり「チューして」などとはいえない。手紙に「(^*^)チュッ」などというフェイスマークを書いてしまうのと同じくらい恥ずかしい。
しかし、場所的には、もはやこれ以上チャンスはなかった。
「ねえ、田村君」
「何だい?」
奈美は目をつむり、そっと孝夫の前に顔を突き出す。
沈黙。
孝夫は、ゆっくりと奈美に顔を近づけようとする。
そのとき、
近くで音がした。
孝夫はあわてて奈美と離れた。奈美は目を開く。
二人の前を遮る影が二つ、いや、三つあった。
「え…?」顔を上げる奈美。
あわてて離れる二人。
「いえ、その、あの…」奈美は弱冠動揺していた。バツが悪い。
「僕たちは、その…」孝夫も落ち着かない。
「気にしてないわ」二人の目の前には、道をふさぐようにビキニスタイルの三人の女の子が立っていた。奈美が見た顔であった。立ち止まる二人。
「こんにちわ」女の子のひとりがいった。パーフェクトガールだった。「田辺奈美さん」
「あ、あなたは…!」叫ぶ奈美。ダークブリザード・ヒーローズだった。
「わたしたち、ハイパーガールの弱点をつかんだのよ」アブソリュートガールがいった。
「えっ!」瞠若する奈美。
「だからこれから彼女を倒しに行くの」とビクトリーガール。
「ど、どういうことなの…!」奈美がいう。
夕暮れが迫っていた。
「あなたに解説する必要はないわ」パーフェクトガールが制する。「さてと—」奈美の横に視線を移す。
「え?」孝夫の背筋に緊張が走る。
パーフェクトガールが動いた。
「うわっ!」
「田村君!」
パーフェクトガールが孝夫を捕まえ、残りの二人が奈美を囲む。
一瞬のことだった。
「さあ、どうする? 田辺奈美さん?」パーフェクトガールがいう。
「ハイパーガールを呼ぶのかしら?」とアブソリュートガール。「でも呼べないわよね?」
「え?」不思議に思う孝夫。
「なぜって—」ビクトリーガールがいう。「それは田辺さん。あなた自身がハイパーガールだからですものね!」
「えっ!」思わず叫ぶ奈美。
「田辺が、ハイパーガールだって!」驚く孝夫。
〈バ、バレちゃったの…!〉
奈美は真っ青になった。
「さあ、白状しなさい!」ワンピースの女の子がいった。「さもないと、彼氏の命はないわよ—」孝夫の首をその腕で絞め始める。
「ああっ!」苦しむ孝夫。
「田村君!」叫ぶ奈美。
奈美の周囲には二人の敵がいる。
〈ど、どうしよう…!〉困る奈美。弱り目にたたり目。
そこへリング状のものがが飛んできた。それは由衣の背中を直撃した。「うわっ!」
「何よ!」体制を立て直し、振り向く由衣。
由衣と祐子の二人は、奈美から離れた。美紀に近寄り、相手に備えて戦闘態勢に入る。
「エクセレントリング…!」焦る美紀であった。よりによってまずいのが現れたと思った。
リングは戻って投げた本人の手に掴まれた。
「東児島の空のした、今日も誰かが呼んでいる、悪い奴等を懲らしめる、正義の味方の女の子」
「人呼んで、ウイークエンド・ヒーローズ!」
ハイパーガールの同盟軍がやってきたのだ。「只今見参!」といって、合わせてポーズを決める。赤と黄色の各々のビキニに身を包んだ、二人のヒーローがいた。宙に浮いた状態で。
「くそっ!」悔しがっているのは由衣だった。「連絡手段は封じていたはずなのに…!」
「余計な邪魔者が入ったわね」祐子がいう。「どうする? リーダー」
「こういうときは先手必勝よ」
そういうと美紀は捕まえていた孝夫を殴った。
「ぐおっ!」孝夫の口からうめき声が漏れた。孝夫は地面の上に崩れた。ばたりという音。
奈美は愕然となった。「田村君!」あわててそばにより、しゃがみ込む。「田村君、しっかりして…!」
「ちょっと派手にやりすぎたみたいかしら」美紀は二人から離れた。エクセレントガールたちを見る。
これには、来たばかりの冴子たちも茫然自失だった。
「ちょ、ちょっと、卑怯よ!」エクセレントガールががなった。奈美のそばに着地する。「戦いに無関係なひとを巻き添えにするなんて!」
「そうですよ!」あとから降りてきたコンプリートガールもいう。「汚いやりかたですよ!」
「そんなことないわ」美紀は涼しい顔でいった。「彼女はあなたがたの関係者に決まってるわ」奈美の方に目を向ける。「だから彼女の恋人も関係者になるのよ…!」無茶苦茶な拡大解釈であった。
奈美は立ち上がった。
奈美は肩をふるわせ、ワンピースの水着の女の子をにらみつけた。「よ、よくも、田村君を…!」目から涙が止まらない。「許せない!」
冴子はまずいと思った。正体をバラしてはならない。ここで変身してはいけないのだ。「な、奈美—ちゃん!」
奈美はパーフェクトガールの方へと歩み寄る。そして彼女の頬を平手打ちした。鈍い音がした。
「え?」逆に戸惑ったのは美紀であった。目の前には真っ赤な目をした田辺奈美がいる。手を振っている。痛かったのだ。
「変身するのかと思ったら—」祐子がつぶやいた。「ただの平手打ちだったのね」
「変ね」となりで首を傾げる由衣だった。「お姉さまの勘が外れるなんて」
「あなた、ハイパーガールにならないの?」尋ねるパーフェクトガール。
「私は田辺奈美よ…」奈美がいう。「ハイパーガールじゃないわ!」
一瞬、沈黙が周囲を支配した。
その後、
パーフェクトガールの笑い声が辺りに響いた。
「どうやら私の勘違いだったようね」パーフェクトガールがいった。奈美を見て、「ごめんなさいね、奈美さん。あなたを疑ったりして」妙に馴れ馴れしかった。
「え?」冴子は奇妙な顔をする。バレてなかったのか?
「だけど、これだけはあなたのお友達に伝えといてちょうだい」と黒いワンピースの女の子はいう。「『あなたに勝ち目はない』と…!」
奈美は何もいわない。
その様子を見計らって、「なあに、あの男はちょっと失神しているだけよ」美紀がいう。そして仲間に合図し、「さあ、退散よ!」
「あっ、待ちなさい!」ちづるが叫んで敵に飛びかかろうとする。しかしすでに敵の姿はなかった。
「は、早い…!」あきれるほどの身の引きの早さだった。エクセレントガールは舌を巻くしかなかった。
奈美は孝夫に寄り添う。
「う、うーん…」
孝夫の目が開いた。
「田村君!」
「た、田辺…?」
「田村君!」
「いったい、あれは何だったんだ?」
奈美は涙が止まらない。「よかった…無事で!」
「田辺」孝夫がいう。「本当に、君が、ハイパーガールなのかい?」
静かになる。
奈美の涙が孝夫の頬に落ちる。それは彼の頬を伝って地面に流れていた。
やがて、「もしそうだったら—」奈美が口を開いた。「私を殴るの? 私のことを嫌いになるの?」
「いいや」孝夫は首を左右に振った。「君は僕を助けてくれたんだ。僕の命の恩人だ。そんなひとを、殴ると思うかい?」
「…」
「あんなことは、関係ない」
「でも、田村君は、ハイパーガールが好きで、だから、私は、私は…!」また涙腺の緩む奈美。
「嫉妬してるんだね?」
奈美は真っ赤になった。
「もし君がハイパーガールなら」孝夫がいう。「僕は君のことが好きだといったことになるから、別にひがむことはない」
「…」
「もし君が即、僕とデートしたいのであれば、今ここでハイパーガールに変身すればいい」
そういえばそうだな、と思う奈美であった。だけど、今更引っ込みがつかないというのも事実である。それに、奈美は奈美としてデートしたいから、告白したのだ。
「だけど、実際君はひがんでいる」孝夫は続ける。「それに変身もしない。ということは、君とハイパーガールとは、別人…」
奈美としてはそうしておいたほうがいい。だから何もいわない。
「僕をそこまで想ってくれたひとは、君が初めてだよ、田辺」彼はほほえんだ。「ハイパーガールよりもね」
「田村君…」
「やっと、君の気持ちがわかったような気がする」と孝夫。「ありがとう、田辺。もう裏切ったりしないよ」
「田村君、好きなの…!」
「わかってるよ」
「田村君、怒ってない?」
「怒ってないよ」
「私のせいで、こんなことに…」
「怒ってなんかないって」
弱冠の沈黙が流れた。
「田辺…」孝夫がいった。
「な、なに?」ふるえる声。
「君がどうであれ、僕は、こうするだろう」
「え?」
孝夫は奈美の顔を自分の方に向け近づけさせた。そして彼女の唇を奪った。
奈美は孝夫と深いキスを交わした。
冬のことである。
6
〈くそお、悔しいくらい、いいムードじゃない…!〉
空中で二人の様子を見ている冴子には、彼らが恨めしかった。
「結局、いい方向に物事が進んだってことね」
飛びながらエクセレントガールがいう。
「でも、今回のパーフェクトガールの行動…」3号が胸を揺らしながらいう。「先輩の正体がバレたってことですよね」不安そうだった。
「うーん」冴子はうなった。「まだ完全にバレたってわけでないにしろ、そろそろやばいかもね」冷静に分析する。「これからの行動は、慎重にやらないといけないわ」
二人はそのまま空中を飛び去っていった。
次第に不安材料が増えてきたウイークエンド・ヒーローズであった。
7
ダークブリザード本部。
ブリザードがいった。「ドクターダイモン、最終兵器の開発はまだ終わらぬか?」
「およろこびください。たった今完成いたしました!」ドクターダイモンが答えた。うれしそうに。
「そうか!」
うなずくドクターダイモン。
ブリザードは喜んだ。「いよいよ来たのか! このときが! はっはっは!」
次回予告
BGM:ドヴォルザーク作曲『新世界より』から第四楽章。
冴子「な、なんなの、この音は?」
ちづる「み、見てください…!」
奈美「え…!」
浩一「な、何だ、ありゃあ!」
ブリザード「ははははは! ついにときは来たのだ!」
俊雄「次回ウイークエンド・ヒーロー2第一五話『最終兵器 一目瞭然』。君はその日、真実を見る—!」
直子「ありきたりのフレーズね」
奈美「…」
千加「みなさん、さっきから何の話をしてるんですの?」
祐二「さっぱりわからないな」
孝夫「同じく」
千加(コンプリートガールを指さし)「それに、あの胸の大きな女の子は誰なんですの?」
孝夫「よく知らない」
祐二「謎の多い小説だな」
奈美「…」
おまけ(2)『漢数字の怪』
浩一の自宅横のガレージの二階の部屋にて。
俊雄「この作品、横書きだろ?」
浩一「ああ、そうだ」
俊雄「で、漢数字が読みづらいっていう苦情がきてるぜ」
浩一「どうして?」
俊雄「たとえば、じゅういち、なんてのが、一一、っていうのは、わかりにくいぜ」
直子「確かにそうね。これだと、横棒が二つ並んでるにしか見えないわ」
浩一「でも、じゅういちは一一、じゅうには一二、よんひゃくさんは四〇三、じゅうさんてんにーごーは一三・二五、っていうことなんだけどな」
俊雄「でもなあ、読みにくいっていってるんだぞ」
浩一「ほら、しちごさんだって、七五三と表記するじゃないか」
俊雄「話をごまかすでない!」
浩一「…」
直子「横書きのときは半角数字を使うべきね」
浩一「…僕もそう思う」
俊雄「だったら最初からそうしろよ」
反論できない作者であった。
Fin.
1997 TAKEYOSHI FUJII